人が優れていることと自分が劣っていることの間には何の関係性もなくて、ただそれぞれが“在る”だけなのにどうしてわざわざ比較をして優劣を付けてしまうのか。

 

そもそも優とか劣とかは判断基準としては曖昧で個人の独断とか偏見とか好みとかに依ることであって、事実はただ優でもなく劣でもなく静かにそこに存在してているだけなのに。ありとあらゆる物や事に、人間が評価や判断や意味付けをする。世の中ぜんぶがそう。

 

ありのままのだめだめな自分を認めて欲しいとか受け入れて欲しいなどというのは図々しく甘いことだとは思うけれど時折猛烈にそういう気持ちが出てくる。他人に対しては全然そんなに寛容になれないくせに本当に勝手な話。でもそうじゃなきゃやっていかれないよ。

 

というのを日々ぐるぐると考えたり、急にどうでもよくなったりしている。