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神様みたいなふたり

先日、前野健太さんと青葉市子さんのツーマンライブを観に行ったときの話。とてもショッキングかつ感動的な出来事があって今でも思い出してしまうので書きます。ライブの内容そのものは言うまでもなく素晴らしかったので割愛。

 

ライブ会場には赤ちゃん連れのお母さんがひとり。小さなライブハウスは満員でぎゅうぎゅう、その上スタンディング(オールスタンディングではない)、お母さんも赤ちゃんも大変だったのではと想像します。

 

ライブは青葉さんソロ→前野さんソロ→最後に2人で、という流れで行われ、前野さんのライブの中盤あたりから赤ちゃんが時折小さく声を上げたりし始めました。「疲れちゃうよね」といったような気遣いの言葉を掛けたり、「青葉さんのときは泣かなかったのに俺だとだめみたい」とか「君もいつかこんなおっさんになるんだよ」という言葉で笑いに変えたり前野さん、あたたかい対応。

 

前野さんのソロ演奏も終わり、いよいよ前野さんと青葉さんの共演になると、さっきよりも大きめの声を上げ始める赤ちゃん。前野さんに加え、青葉さんからも気の利いたフォローの言葉があり会場はよりあたたかい雰囲気に包まれました。

会場にいる人たちも皆、前野さんや青葉さんと同じ気持ちなのだと思って嬉しくなっていたところへ、突然「一回外出なよ。うるさいよ。」と鋭い男の人の声。バタン、と扉が開いて聞こえなくなった赤ちゃんの声。前野さんも青葉さんも驚いた顔で、でもその人を咎める訳ではなく、「そうかな?」「そうですか?」とつぶやいた後に、「なんか、すみません」とその男の人に謝ります。

次の曲に取り掛かり始めるふたり。不意に、赤ちゃんのあげた声を真似て「ああぁぁ!」と 声を出す青葉さん。それに呼応するように「ああぁぁ!!!」とシャウトする前野さん。

そして始まった曲は『東京の空』。

 曲の間ずっと考えていたことは、今回のことであのお母さんが、こういう場に来ることがこわくなってやめてしまわないかということや、会場にいた人たちはあの男の人と、前野さんや青葉さん、私と、どちらの気持ちだったんだろうということ、男の人がああ言った時「わたしはそうは思ってないです、お母さんと赤ちゃんはここに居続ける権利があります」って言ってあげられれば良かったのにということ、そしてそうやって自分と違う考え方に対してすぐに反発して対抗しようとする自分に比べてどんなに前野さんと青葉さんの対応が素晴らしかったか平和的だったかということ。

 

強い声と言葉に対するショッキングな気持ちと、ふたりの対応に対する感動とが渦巻いて、耳からはあのメロディを歌うふたりの声、涙が止まらなくなってしまった。音楽を聴いて泣いたのはこれが初めてだ。

 

赤ちゃんの泣き声と、歌を歌う人の声、何が違うんだろう。どちらも身体から出てくる声なのに。身体から歌っていたのが前野さんと青葉さんだったから、余計に分からなくなった。

 

わたしだって心に汚い部分もどろどろした部分もたくさんあって、赤ちゃんの泣き声に苛立ってしまうこともあるし、いつだってただ可愛い、と思える訳じゃない。だから前野さんと青葉さんふたりの、正しいとか正しくないとかの外にあったあの対応は、神様みたいに思えました。

 

曲が終わったあと最後に青葉さんが小さく言った「フューチャリング、赤ちゃん」という言葉、あのお母さんと赤ちゃんに届いていたらいいと思った。