婚活の記憶

あけましておめでとうございます。新年早々、婚活についての話。

婚活に関する記録をブログやSNSで読むと共感できるところや学ぶところがあり好きです。そして実は自分自身も昨年婚活の様な活動をしていました。

当時はとにかく気遣い疲れというのか振り返る余裕もなく半分義務みたいな感じで進めていたのですが、そろそろ平常心で振り返ることが出来るかなということで、過去の記録や反省等を書いていこうと思い立った次第です。後々の分析に使えるかと思い当時からとりあえず簡単な記録は取っていたので、それを元に細々と更新していこうと思います。

 

 


いきさつ


今すぐにでも結婚したいという訳ではないがいずれはしたくなるだろう、そしてするならば30代前半頃にはしていたいだろうと想像をし逆算したときに、そろそろ相手を見つけていないとやばくないかというぼんやりとした不安感から婚活を始めました。

期間


期間を決めて始めた訳ではなく、思った以上にエネルギーを消耗するので結果的に2ヶ月程の活動で終わってしまった形です。それ以外では合コン、街コン、相席屋など。誘われたらとりあえず参加するというスタイルだったのでこちらは特に期間などはなし。

 

利用したサービス

 

マッチングアプリを介しての割とライトな婚活。マッチングアプリという、“出会い系”を上手いことオブラートに包んだワードが出てきて世間の見方もかなり肯定的なものになっている今がチャンスかなと感じたので。

婚活パーティー等も考えましたが、危なそうな人は事前にある程度ブロックすることが出来そう、具体的なワードで趣味・趣向の近い人とピンポイントで知り合うことの出来そうなマッチングアプリの方が効率的かと思い、費用対効果の面でも優勢と思われるこちらを選びました。

利用したことのあるアプリとその印象

omiai、ゼクシィ縁結び、pairs、with


ジャンルで言うと

omiaiとゼクシィ縁結びが「婚活系」、pairsとタップルが「恋活系」という感じ。

利用者の年齢層で言うと

(若・チャラ)with→pairs→omiai→ゼクシィ(大人・堅)

(主観です)

 

個人的には、omiaiとpairsがお気に入り。趣味で繋がりやすくて利用者の多いpairsと信頼感のあるomiaiの中間くらいのアプリがあればかなりよいと思う。
以下それぞれのアプリについてまとめてみましたが、主観的に書かれている上、半年以上前の記憶に基づいた情報なのでその点ご理解ください。


pairs
・UIが好き。使いやすい。
・趣味繋がりで探しやすい。
・婚活感は薄め。


with
・pairsの劣化版という感じ。チャラついたUI(なんだそれ)
・pairsより年齢層が更に低くやりとりも気軽に出来るが、かえって会うに至るまでが長くなる。


omiai
・割と皆真剣にやっているのか、ほいほいアプローチが来る感じではない。
・趣味から相手を探すことができないので、そこが弱いように感じた。

・必然的に条件と顔で探すしかなくなるので良くも悪くも婚活感が強い。
・婚活感は強いが婚活界隈にいる堅い感じの人はあまりいなくて程よくカジュアル。
・利用者数少なめ?しばらくやっていると同じ人がよく出てくる。


ゼクシィ縁結び
・あまりいい意味でなく「婚活」って感じの男性が多い。年齢層も高め。
・アプリ内の個別やりとりがLINE風ではないので必然的に文章が長くなりがちで送られてくると結構引くし面倒だし、やりとりのペースも落ちがち。
・「お見合いコンシェルジュ」という、二人の間に入ってくれる第三者が存在するがあまり必要性を感じない。(面接する際の日程・場所の調整をしてくれる。)

 

結果


今のところ、気は合う・良い人だが趣味趣向が合わない人か、趣味趣向は合うのに人柄が好きになれない人にしか出会えていません。本当に驚くくらいこのどちらかしかない。


反省


とにかく“選別する・される”これが大事かと。女性で20代なら余程のことがない限り男性からコンスタントにアプローチがもらえると思いますが、どれもこれも受けていると相当数の男性と並行してやりとりを進めていくことになります。これって結構私的には大変でした。なので、やりとりに至る以前のところで出来るだけ選別して絞る。

それから逆に「絞られる」勇気も大切。具体的には、プロフィールを当たり障りのないものにせず、好き嫌いの分かれるような趣味とかも盛り込んでいくことで合わなそうな男性をあらかじめ避けられると思われます。が、やりすぎても誰も食いついてこないので、程よいバランスを探る必要あり。

 

感想


ただでさえ社交性もそこまでなく人間関係に気力を使ってしまうタイプなので、赤の他人と毎週末食事をする、楽しい時間を作る、しかもその上で内ではお互いをジャッジし合い探り合うことを繰り返すのは想像している以上に心が削られるしエネルギーを消耗する行為でした。

始めたときはとにかく淡々と数をこなそう、マッチングが全てだと意気込んでいたが
自分も相手もコンピュータではなく生身の人間なのでそう簡単にいくものではなく。
あと割と連絡無精でちまちま連絡をとりあうことを面倒に思う方なので、

アプリ内でやりとり→LINEに移行してやりとり→面接の日程決め→面接の段階を踏む×5人とかを並行して行うのもかなり苦でした。
婚活に向いてないとかじゃなく恋愛に向いてない、どころか人間社会で上手くやっていくこと自体向いていないんじゃないか自分。

という感じで着地点がクソネガティブになってしまった訳ですが、婚活やら恋愛やらが上手いこといかなかったときにいつも私を助けてくれた言葉は
35億!!!!!でした。
地球上に男は腐るほどいるんじゃ!
ちえみがいてよかった

2017年すべりこみ

2017年、ブログを3回しか更新していなくて驚いたのですべりこみで書いてます。

 

今年は、転職を現実的に考えたり、お金のことを考え直して家計簿をしっかりつけたり、節約のためにお弁当作りを頑張ったり。頑張っている人に比べたらなんてことのないちっっさい変化なんですが、自分で自分のことを褒めていかないことにはしんどくてやってけないんでね。

反省と、軽く2018年の目標も絡めて。

転職に関しては結局次年度も続けることになったので、次の一年本気で転職活動をする。やるべきことをしっかり納めてから仕事やめる。

お金に関してはNISAなんかを検討もしたのだけど投資に回すほどの余剰資金もないので、まずは目標額までこつこつ貯金。家計簿も継続して、お金の使い方の癖を把握。欲しいものが出来たらとりあえずリストにして見える化・物欲管理。よく考えてから買う癖をつける。自分で作れるもの・出来ることはなるだけ自分で。

お弁当に関しては、もっとレシピのレパートリーを増やす。たんぱく質は肉、野菜は根菜がつい多くなりがちなので、魚や葉物野菜、あとはきのこ類・豆類を増やす。日曜日に作り置きしておいて6時に家を出る日もちゃんと弁当持参出来ていたところは我ながら偉いので継続。

 

あとずっとやってみたかったやつ。2017年好きだった本、映画、音楽を羅列します!!!(2017年発売・公開の作品に限りません。)

【本】『勝手にふるえてろ』『かわいそうだね?』

綿矢りさ熱が再燃した年だった。『勝手にふるえてろ』映画化おめでとうございます!まさかまさかの大好きな松岡茉優ちゃんが主演。キャスティングした人、分かってる。余談ですが彼女の魅力が詰まりに詰まった名ドラマ“その「おこだわり」、私にもくれよ‼”は必見です。松江哲明監督と山下敦弘監督のモキュメンタリーは今年も絶好調でしたね。年始の『山田孝之のカンヌ映画祭』ぶっ飛んでました。エンディング曲にはスカートの楽曲「ランプトン」が使用されて、スカートはその後ポニーキャニオンよりメジャーデビュー。5年前に今はないお台場のカルカル(現在は渋谷)なんかにライブを観に行った頃が懐かしい。もっともっと有名になって欲しいような淋しいような気持ちです。あっ、本からドラマ、ドラマから音楽の話になってた…。

本ではやっぱりどうしても女性作家さんの方が鋭くて好きで、その他は山内マリコさんや松田青子さんなんかを読んでました。最近の作家さんは皆さん美人さん揃いですね。

 

【映画】

2017年べストを決められるほどの本数を全然観ていないのだけど、圧倒的第一位はどうしても『ラ・ラ・ランド』になってしまうんでしょうね。初見で悲しすぎて切なすぎて呆然、2回目の鑑賞では開始10秒でぼろ泣き、大好き過ぎてブルーレイ購入、サントラは1年を通してずっと聴いていました。『Another Day of Sun』、『Someone In the Crowd』、2人Ver.の『City of Stars』何回再生したかな。デイミアン・チャゼル監督のことを考えただけで涙が出そうなぐらい。この作品を生み出してくれてありがとう

同率一位くらいに好きだったのがウディ・アレン『カフェ・ソサエティ』。もうこれはね、ウディ・アレンラ・ラ・ランドとしか言いようがないですよ。ちょっと大人の余裕のある現実的なララランドとでも言おうか。クライマックスでのジェシー・アイゼンバーグクリステン・スチュワートの表情を観るだけでもこの映画を観る価値があると思う。誰の心にもずっと忘れられない大切な人が死ぬまで居るのだろうなと思うと切ない気持ちにもなるけれど自分だって恐らくそう。過去に出会った人たちがいるから現在の自分がいる、あなたも私も、過去のあらゆる出来事と人物に構成されているのだと思い知らされる。

割と年の終わりに観て大感動したのは『ブレードランナー2049』。暗い。暗いんだけど圧倒的に痛いくらい“生”のメッセージに溢れていた。もののけ姫並みに「生きろ。」って言ってくる映画だった。そして尋常じゃないくらいの映像と音の美しさ、ガジェットの楽しさ。雨粒の落ちる音を聴きにだけでももう一度映画館へ行きたいと思ったくらい。それからコケティッシュダブルヒロイン!美しいことこの上なかった。そろそろ、ライアン・ゴズリングが大好きな人とめちゃハッピーになる作品を誰か作ってください。宜しくお願いします。

『ベイビードライバー』『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』『メッセージ』『美女と野獣』も良かったです。

 

【音楽】

2017年何回も何回も何回も聴いた曲たち

柴田聡子「後悔」「遊んで暮らして」「あなたはあなた」

スカート「ランプトン」「静かな夜がいい」

平賀さち枝「10月のひと」「Lovin' you」

東郷清丸「ロードムービー

小沢健二SEKAI NO OWARI「フクロウの声が聞こえる」

CHAI「ほれちゃった」「sayonara complex」

カネコアヤノ「さよーならあなた」「とがる」「天使とスーパーカー

吉澤嘉代子「残ってる」

細野晴臣 feat.青葉市子「悲しみのラッキースター

Doughnuts Hole「おとなの掟」

堪らない気持ちになる曲しかなかったです。

 

ウィーンフィルニューイヤーコンサートで若き天才マエストロ、グスターボ・ドゥダメルの存在を知ってクラシック沼にはまった一年でもあった。懐かし!死ぬまでにどうにかニューイヤーコンサートに行くことが夢です。

 

あっあと【美容】部門!

基本的に食べ物も化粧品もシャンプーやせっけん類も合成的な匂いの強いものが好きでないため香水もなかなか好きなものに出会えていなかったのだけど、2017年は運命の香水に出会えて嬉しかった。

カルトゥージア「メディテラネオ」

ダウンパフューム「フォーミュラX」

香りを纏える日が来るとは。

 

 

2017年…古くからの友人が結婚したり結婚に向けて同棲を始めたり恋人が出来たり、みんながみんな幸せそうで泣きそうな気持ちになることもあったけど、私は私以下でも以上でもないのだから欲張らず、かといって必要以上に自己評価を下げずに2018年も生きます。2018年もよろしくお願いいたします。

幸世くんは、私なんだよ

ひとり旅が好き。好きなんだけど夜になるとどうしようもなくさびしくなってしまって、さびしさの正体について考えていた。(ひとり旅の夜のそれに限らず、人生におけるさびしさについて)
 
私が人生のバイブルと崇めている漫画・テレビドラマのひとつに『モテキ』があって、この記事のタイトルにある〝幸世くん〟はその主人公。(ちなみに劇場版も、大好きな大根仁氏が監督しているがこれはちょっといただけない。あくまで漫画とドラマ版が好き。)複数の女子から好意を寄せられ、沢山のチャンスにも恵まれる〝モテ期〟がやってきたのにも関わらずいずれもモノにすることが出来なかった彼は思う。

 

『俺が唯一親から教わったのは、
束縛をしないという優しさだった。
だからなのかなぁ、
ほどけるほどの強さでしか
人と繋がれないのは。
もしほんとに神様とかいう人が
いるとしたら、
なんか試されたんだろうな、俺。
「お前にモテキを与えよう、
さてそのモテキの中で果たしてお前は
誰かと強く繋がることができるかな?」
とかって。』

自分の感じるさびしさはまさにこれなのだ。〝ほどけるほどの強さでしか人と繋がれない。〟

 

幸世くんは、私なんだよ。

 

コミュニケーションの上手い人は、自己開示をして自分の弱さ・欠点を人と共有することが上手くて、程良いバランスで人に甘えたり頼ったりすることが出来るから、近過ぎず遠過ぎない正しい距離で人と生きてゆくことが出来る。

それが出来ない。出来ない人間は、自己と対峙して思考を巡らせる時間が余りに多過ぎる。だから強く人と繋がれない。極端に言ってしまえば他人に対する興味関心が薄いのだと思う。自分のことで精一杯どころか自分自身のご機嫌取りやマネジメントができなくて、コンプレックスとの折り合いが何十年生きても付けられない。

 

人から好意を寄せられても、相手を受け入れる隙が心のどこにもない。だから、自分のことはこれっぽっちも見ていないような、自分には全く関心を持たず見向きもしないような人にばかり一方的な想いを持ってしまう。今までそれは不幸なことだと思っていた。可哀想な自分、と。でも楽だからだったんだということに気が付いてしまった。相手と向き合わなくていい、ひとりよがり、自己完結。最初から好かれてもいないなら嫌われることもない、失うものもないし。

 

弱さや欠点と常に一対一で対峙しなくてはならないけれど正面からきちんと向き合う強さもなく、だからと言って人に寄りかかることは下手。本当は甘え切ってしまいたいけれど拒まれることの不安が勝った結果、その本心を見破られることを恐れて、反動でどんどんひとりよがりの強がりになっていってしまう。
この悪循環。時々このループから一生抜け出せないんじゃないかと強い不安に支配されてしまうことがある。でも抜け出すも抜け出さないも自分次第であり努力しかないのだろう。誰かがえいやと引っ張り出してくれることを期待しないこと。

 

ちなみに『モテキ』の主人公・〝幸世くん〟は、4人の女の子からはそれぞれ違う呼び方で呼ばれる。「藤本くん」「藤くん」「藤本」そして「幸世くん」。いちばん親密さを感じさせる呼び方は「幸世くん」だけど、それを使う女の子・小宮山夏樹ちゃんとは心理的な距離がいちばん遠い。人との距離がいちばん近いようでいて実はいちばん遠くて不器用なのが彼女だと思ったから、私も彼女に倣ってタイトルで「幸世くん」という呼び方を使いました。物理的な距離と心理的な距離が比例しない、実は孤独な彼女。

 

あと幸世くんの名誉の為に言っておくとするならば、彼は少なくとも私よりは、自分のだめな部分をさらけ出しても構わないという覚悟を持っている。いざという場面では、醜くても恥ずかしくてもまとまらなくても、きちんと自分の言葉で相手に伝えようと必死になれる。相手に真摯に向き合える。それが多分彼のいちばんの魅力であり、私との違いだ。

夢と夢

昨日の夢

⚪︎誰かとふたりで映画を撮る夢。その人は監督でわたしは役者。傾斜のある芝生の上を重たいものの入ったリュックを背負って歩くだけなんだけど、自然に見せることが驚くほど難しくて、ふたりで四苦八苦、でも何かを追い求めている時間って楽しい、という夢。

⚪︎楽しみな予定(デート?パーティ?)が控えているのだけど、誰かのためというより、自分がしたい服したいメイクしたい髪型を心が納得のいくまでできて、もう完璧、さあ家を出よう!!という最高に高揚しているところで目覚め。

 

今日の夢

⚪︎男の子にキスされそうになり、顔を背けて、それからその男の子に自分からキスする夢。

 

 

最近、理由もないのに突然物件情報を見ていたり、求人情報を見ていたり(というか他の情報を見ていて偶然求人情報にたどり着く)、することが多い。

半影月食以降やはり変化(自分と周囲に)を感じます。

 

 

口紅が大好きなのに、ことごとく合う口紅がなく、キールズのバタースティックをすがるような気持ちで注文してみた。これがだめならしばらく口紅は諦めようというくらい唇が弱い。

 

スウィートアーモンドオイル調子がいいので、全身にも使っていこうかなという感じ。まだ濡れた状態の肌に馴染ませるという使い方が、オイルへの苦手意識をなくしてくれた!

 

パナソニックのスチーマーがとても欲しくなっているが、ノートパソコンを新調してしまったため大変な金欠中でつらい…。

2017

今年のお正月ほどお正月感のない年も珍しかった。

昨年から溜め続けていた仕事のせい。あー、なんて自業自得。

 と、年始からくさくさとしていて、2017年の目標なんて特にないと投げやりになっていたけれど、昨日いくことができた初詣でやっと少し気持ちが新年仕様に切り替えられた感じ。降り立ったことのない駅でお店を見たりお茶をできたのもよかった。

割と思考がクリアーで感情もフラットである今のうちに折角だから、

2017年こうありたいなというのをつらつらと羅列。

 

  • こだわりのない買い物をしない。

心はあまり動かないけれど…人気があるから、安いから、手軽だから、無難だから、という理由で2016年は物を買いすぎてしまったので。心がちゃんと動いたものに、熟考してから、正統にお金を使いたい。本当に好きなものに出会えるまでを焦らない。

 

  • 自分がどうありたいかどうなりたいか。

自分が、というのが重要で、もっと自分の心の動くままに好きな化粧をして好きな洋服を着て好きなことをしたい。のだけれどあまりに周囲に流されるままに居たらその「好き」すらもよくわからなくなってしまい今一生懸命に心が動くものを求めてさまよっているところ。どの方向性どのカテゴリの人間になるのか、ということ。メイクも服装も趣味も、色々と過渡期だと感じるので方向性をちゃんと決めときたい。

 

  • 自分の肌や心をいたわる気持ち。

疲れて投げやりな気持ちで生活をしない。自分の事もいたわれないのに他人を思いやる気持ちなんて持てないと思うので。

 

  • 自分がされて嬉しいことを人にもする。嫌なことはしない。

感謝の気持ちはすぐ素直に伝えるとか、小さなプレゼントをするとか、言葉に出してちゃんと褒めるとか。(これ、幼稚園生だったときの教え…。)

 

  • 不機嫌を顔や態度に出さない。

周りの人の心も自分の心も不穏になるだけで、よいことがないから。去年は一段と、混んだ電車に乗ることや人混みにいくことがストレスで、気がつくと眉間にしわを思い切り寄せていたので。仕事でも上手くいかない時に態度に出さない。苛立つ環境、上手くゆかないときこそ微笑みを絶やさない人は女神の様に映るのでそうありたい。

 

今年のウィーン・フィルニューイヤーコンサートグスターボ・ドゥダメル氏の存在を知ってからクラシックにどはまり。彼が指揮している曲を聞きあさったり、遠い昔に第九の合唱団として一度だけ歌ったときの楽譜を引っ張り出して来たり、大嫌いな通勤電車の中でもクラシックを聞いて心を落ちつけたりしている。2017年もっともっと沢山の曲を知りたい。あと彼がもし来日することになったら死に物狂いでチケットを手に入れる、必ず!

 

  • 人と話す

人に話すことで自分からは生まれなかった考えが生まれたり、自分でも気が付いていなかった思いが出てきたり、感情が整理されたりするので。一人で考えて一人で煮詰めて一人で結論を出して、としすぎない。

 

  • 呼吸をきちんとする。

もっとスピに傾倒していた頃『呼吸の本』や『恋愛呼吸』なんかにはまっていて、まああそこまではいかなくてもいいのだけど、ふと気づくと息を吸いきらず吐ききらずな浅い呼吸になってしまっているので深い呼吸で心もどっしりとさせたい。落ち着け、落ち着け。

 

  • 見通しを持つ

あまりに行き当たりばったりに生きすぎてきたので。年間カレンダーを昨年末に2つも買ったのに、まだ開封すらしていない…これを書いたらすぐに貼って予定を書き入れる。1時間後のこと、明日のこと、1か月後のこと、1年後のこと、具体的な目標を持つ。なんとなく過ぎ去る日々、にしない。

 

  • 身体をあたためる。

真冬でも家の中で裸足で過ごしたり、上半身は肌着を重ねてニットを着て分厚いコートを羽織ってとやっているのに下半身はタイツ一枚、みたいな冷えとりの真逆をいくような生活をしてしまっていたので。冷えとり、というと急にスピな世界に行ってしまうのであまり好きではないのだけど、ライトに取り入れていきたい。あまりに寒さに弱くなってしまい、寒さが原因で予定を取りやめたり物事を楽しめなかったりしたため、反省。

 

  • ネットショッピングしない

2017年はできることならほぼゼロにしたい。ちゃんと現物を見て、納得したものに、定価でもいいからきちんとお金を使いたい。2016年はたくさんネットショッピングしてしまったけども、買う度心のダメージが大きかったので。。

 

  • 人を正しく頼る。

自分一人ではできないのなら、助けが居るのならば、自分から正統に頼る。そうじゃないのに曖昧にして助けてもらおうと思わない。ずるくならない。

 

  • 潤い。油分を恐れない気持ち。

肌にも身体にも油分不足を感じるので。肌には取り急ぎブースターとしのスウィートアーモンドオイルを取り入れてみている。オイルの種類は豊富なので、肌に合うもの好みのもの季節にあったものをその時々で使い分けていけるように。身体へは、オメガ3を積極的に入れる。魚嫌いを克服していきつつ無理せずオイルそのものからも摂ろう。

 

  • 心と身体の疲労バランス。

仕事で、体力面で疲れるようなことはそんなにないはずなのに1日の終わり心が疲れ切って気絶したように眠ることが多いのだけど、身体を動かしていないのに心だけそんなに疲れてしまうのってとても不自然で身体にもよくないと思うので。1週間のトータルバランスくらいでいいから、身体もちゃんと動かしてちゃんと疲れるようにしたいな。

 

  • 嫉妬と憧れ。

似て非なるもの。自分の力ではどうにもならないことにいつまでも執着をして妬まない。妬んでいる時の自分の醜い姿を常に自覚する。正面からいっぱい憧れていっぱい真似をして何でも取り入れる、努力する。

 

  • 自分と人に嘘をつかない。本音。

無意識のうちに、相手が自分に求めているものをせっせと用意してしまう。自分で選択したものじゃないから納得もしていないし責任を持てないし人のせいにしたくなる。ぶつかりそうでも、本音。自分の本当に進みたい方向、したいこと。

 

  • 物質にまみれない、執着しない

生きれば生きる程身の回りに物質が溢れかえってしまい、時折大がかりな片付けをするとその多さに本当に参ってしまう。不安な心が物質を持つことで安心する(つまりなかば買い物中毒のような)状態から脱したい。不要なもの終わったものには毅然とした態度でお別れ。

 

  • デパコス慣れ

デパートコスメを買えるようになったのもここ1年くらいのことなのだけど、気になるものがあってもカウンターに出向いてタッチアップをしてもらうのにはまだまだ勇気が要る。半セルフで、複数のブランドをいちどきに見ることができて、総合的に対応をしてもらえるイセタンミラーのようなところが自分には向いているなと思ったので、そこで慣れていくこと。

 

  • 適度適量限度

「どこまで」というのをきちんと決めておく。何にいくらまでなら出せるとか、何時までに帰るとか、どれくらい食べるとか。

 

  • 惰性禁止

あまり気に入っていない服だけど着れないこともないし、とか、あまり好きな人ではないけれどわるい人ではないし、とか惰性で何かを続けない。自分にも人にも物にもきちんと自分の意思を示して誠意を持って。

 

どれも少しずつ関係があって、繋がってる感じだ。

なんて小さくて、人間として基本的なことばかりなんだろう…

と思う気持ちもあるけれど、これがわたしの目標!と胸を張ろう。

初詣でもお祈りしたけども、とにかく平和で平穏な一年であることを願うばかり。

良い年になるとよいですね…!

今年もよろしくお願いいたします。


Richard Wagner - Der Ring des Nibelungen & Tristan und Isolde Highlights | Gustavo Dudamel

人生で一番素敵なことは偶然起こる、計画したらきっと得られない。

という言葉がファインディングドリーで出てくるのだけど。

そういうのを思った最近でした。

会いたい人が居て行った場所で、その人には会えなくて、違う人に出会ったり。したので。

 

そういえば、憧れの野外フェスに初めて行ってみたのだけど想像よりずっとよい空間だった。

ライブハウスは暗くてせせこましくてちょっと気分の沈んでしまうときもあるけど、それに比べて自然の中で聞く音楽っていうのはなんて素晴らしいんだろう、と。周囲の、温度とか虫の鳴き声とか空の色とか風の匂いとか土の感触とか、全部が音楽と混じって記憶に残るの、最高としか言えなかった。

特急列車や新幹線での移動も大好きだから、久しぶりに気持ちよい休日を過ごせた感じ。

 

あと一時期コンサバティブな装いに走っていた反動で、今はスニーカーやアウトドアブランドの洋服、バックパックが山のように欲しいし、自転車通勤も検討中。

服装ってパッケージでしかないことは当たり前なんだけど、人が人を判断するときの材料のほとんどはパッケージな訳で、自分が人生の中でどういう人と会っていきたいのか?と思ったときに、それとかけ離れた服装をすることは何も意味がないというか時間の無駄だなということを思ったりした。

 

夏終わっちゃったな。

 

神様みたいなふたり

先日、前野健太さんと青葉市子さんのツーマンライブを観に行ったときの話。とてもショッキングかつ感動的な出来事があって今でも思い出してしまうので書きます。ライブの内容そのものは言うまでもなく素晴らしかったので割愛。

 

ライブ会場には赤ちゃん連れのお母さんがひとり。小さなライブハウスは満員でぎゅうぎゅう、その上スタンディング(オールスタンディングではない)、お母さんも赤ちゃんも大変だったのではと想像します。

 

ライブは青葉さんソロ→前野さんソロ→最後に2人で、という流れで行われ、前野さんのライブの中盤あたりから赤ちゃんが時折小さく声を上げたりし始めました。「疲れちゃうよね」といったような気遣いの言葉を掛けたり、「青葉さんのときは泣かなかったのに俺だとだめみたい」とか「君もいつかこんなおっさんになるんだよ」という言葉で笑いに変えたり前野さん、あたたかい対応。

 

前野さんのソロ演奏も終わり、いよいよ前野さんと青葉さんの共演になると、さっきよりも大きめの声を上げ始める赤ちゃん。前野さんに加え、青葉さんからも気の利いたフォローの言葉があり会場はよりあたたかい雰囲気に包まれました。

会場にいる人たちも皆、前野さんや青葉さんと同じ気持ちなのだと思って嬉しくなっていたところへ、突然「一回外出なよ。うるさいよ。」と鋭い男の人の声。バタン、と扉が開いて聞こえなくなった赤ちゃんの声。前野さんも青葉さんも驚いた顔で、でもその人を咎める訳ではなく、「そうかな?」「そうですか?」とつぶやいた後に、「なんか、すみません」とその男の人に謝ります。

次の曲に取り掛かり始めるふたり。不意に、赤ちゃんのあげた声を真似て「ああぁぁ!」と 声を出す青葉さん。それに呼応するように「ああぁぁ!!!」とシャウトする前野さん。

そして始まった曲は『東京の空』。

 曲の間ずっと考えていたことは、今回のことであのお母さんが、こういう場に来ることがこわくなってやめてしまわないかということや、会場にいた人たちはあの男の人と、前野さんや青葉さん、私と、どちらの気持ちだったんだろうということ、男の人がああ言った時「わたしはそうは思ってないです、お母さんと赤ちゃんはここに居続ける権利があります」って言ってあげられれば良かったのにということ、そしてそうやって自分と違う考え方に対してすぐに反発して対抗しようとする自分に比べてどんなに前野さんと青葉さんの対応が素晴らしかったか平和的だったかということ。

 

強い声と言葉に対するショッキングな気持ちと、ふたりの対応に対する感動とが渦巻いて、耳からはあのメロディを歌うふたりの声、涙が止まらなくなってしまった。音楽を聴いて泣いたのはこれが初めてだ。

 

赤ちゃんの泣き声と、歌を歌う人の声、何が違うんだろう。どちらも身体から出てくる声なのに。身体から歌っていたのが前野さんと青葉さんだったから、余計に分からなくなった。

 

わたしだって心に汚い部分もどろどろした部分もたくさんあって、赤ちゃんの泣き声に苛立ってしまうこともあるし、いつだってただ可愛い、と思える訳じゃない。だから前野さんと青葉さんふたりの、正しいとか正しくないとかの外にあったあの対応は、神様みたいに思えました。

 

曲が終わったあと最後に青葉さんが小さく言った「フューチャリング、赤ちゃん」という言葉、あのお母さんと赤ちゃんに届いていたらいいと思った。

 

愛って努力

愛って努力だ、と、この前突然思って、しかもあながち間違いでもないのかも知れない、と思っている。

 

数年振りに会った人から会っていない期間の恋愛遍歴を聞いたり、友人の友人の幸せそうな話を聞いたり、知り合いの3人兄弟全員に恋人が出来ていた事を知ったり。何かを示唆しているのか、はたまた偶然なのか、この1ヶ月くらいで驚く程たくさんそういう話が入ってきた。芸能界も何だか結婚ラッシュ。

 

恥ずかしながら自分自身はそういった(一見)甘い世界からはかなり遠い所で生きてきていて、そんな自分が愛について考えを巡らせても的外れなものが多いのかも知れないけれど、良いのか悪いのか距離が遠い分俯瞰して見られている部分も多いので、観察者としての目は結構養われている感じもしている。

 

愛って努力、は、決して辛い側面を強調している訳ではなくてむしろその努力があらゆる結果とそれに付随する思わぬ幸福を呼んでくれるという希望の意味合いの方が強い。

 

追いかけるのも追いかけられるのも、愛すのも愛されるのも面倒、と思ってしまいがちな自分だけど、そういうわがままや贅沢はもうやめたい。与えずに得られるものなんて普通に考えればないし。いつまでも「ありのままを好きになって」でいるのはやめよう。

 

(でも好かれやすい人は「ありのまま」の出し方が上手い、自分がやると猫かぶりになってしまうから。。)

どうしたって夏が好き

真夏生まれなのが関係しているかは分からないけど。満月の夜に動物がハイになってしまうのと同じような。

 

みんな そそのかされちまう
ついつい 流されちまう
結局暑さで まいっちまう
誰のせい? それはあれだ!
夏のせい、ってほんとそう。

最近にKAKATO×ユザーンのカバーが出て、最高。

 

去年の夏、調子に乗って色々と失敗をしてしまっているので、今夏は落ち着こうと思いつつ、何とも示唆的なタイミングで『それでも恋するバルセロナ』を観てしまい。

女性2人が出てくる話で、一方は自由で自分の心に素直に行動して、失敗もあるけれど後悔は絶対にないというような子。他方はそういう自由さに憧れながらも失敗はないような安全な道を選んで、自分の心に忠実に動かないから後悔も多い子。最初から最後まで2人の対比で進む話。

自分は紛れもなく後者の女の子のタイプであるのだけど、もう少し自分の心に素直に動いてもいいのかなと。後悔なく生きたいという気持ちが最近強い。

あと「望まないものは分かるけど、望むものは分からないの。」という、この作品を象徴するような台詞があるのだけど、これには強く共感。手に入れたいものが手に入る人も入らない人も、どちらも「望むものは分からない」という点で同じなんじゃないかと思ってる。

手に入る人は、「これは要らない」というのがきちんとあってその上で、「望むもの」を実際に見つけたときに「これが欲しかったものだ!」と飛び込める。手に入れられない人も、これは要らない違う、というのはちゃんとあるんだけど、望むものに出会ったときにも咄嗟に判断が出来なくて逃しちゃう。というイメージ。

とにもかくにも、少し年齢を重ねて、ウッディアレンの良さが分かってきて嬉しい!苦手、克服しました。

 

失敗したくないけど後悔もしたくない夏。夏は短いよ。

人が優れていることと自分が劣っていることの間には何の関係性もなくて、ただそれぞれが“在る”だけなのにどうしてわざわざ比較をして優劣を付けてしまうのか。

 

そもそも優とか劣とかは判断基準としては曖昧で個人の独断とか偏見とか好みとかに依ることであって、事実はただ優でもなく劣でもなく静かにそこに存在してているだけなのに。ありとあらゆる物や事に、人間が評価や判断や意味付けをする。世の中ぜんぶがそう。

 

ありのままのだめだめな自分を認めて欲しいとか受け入れて欲しいなどというのは図々しく甘いことだとは思うけれど時折猛烈にそういう気持ちが出てくる。他人に対しては全然そんなに寛容になれないくせに本当に勝手な話。でもそうじゃなきゃやっていかれないよ。

 

というのを日々ぐるぐると考えたり、急にどうでもよくなったりしている。